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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1980号 判決

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告ら)

一、被告は

原告大和光子に対し金一五四万円

原告野口桂子に対し金一四〇万円

原告寺中壯夫に対し金四〇五、〇〇〇円

及びこれらに対する昭和四四年五月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、仮執行の宣言

(被告)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、原告らの請求原因事実

一、買主の原告大和、寺中、訴外野口忠幸らは売主の訴外株式会社入江工務店(以下訴外会社という)との間に、別紙目録記載の土地の関係部分について、次の通り売買契約を締結し、契約日に記載の手附金を支払つた。尚訴外野口忠幸は、昭和四三年二月一日右売買契約における買主の地位を原告野口桂子に譲渡した。

買主     契約日       代金額    手附金

原告大和光子 昭和四二年 六月一二日 三五〇万円 二二〇万円

訴外野口忠幸 昭和四二年一二月二六日 四六〇万円 二〇〇万円

原告寺中壯夫 昭和四三年 一月一八日 一七二万円  八六万円

二、原告らは右買主の権利を保全するため、右買受土地につき、原告らを登記権利者とし、訴外会社を登記義務者とする不動産登記法第二条第一号の仮登記手続をなすこととし、昭和四三年二月八日、原告らは、売主の訴外会社及び売買の仲介者の訴外柳本弘中、徳田健次郎等を同行して司法書士の被告事務所において被告に対し、右仮登記申請手続を委任し、原告らの印鑑証明、委任状等登記に必要なる書類並に訴外会社の印鑑証明書、資格証明書等必要書類を確認して受領し書類は完備している一週間後に登記済証をお渡しすると受任して、手数料一万円の交付を受けた。

三、その後一〇日程経て右訴外柳本らが被告の事務所に登記済証を受取るため訪れたところ、被告は「委任を受けて三、四日後に、訴外会社から仮登記の必要がなくなつたので書類を返してくれと言つて来たので訴外会社に対して登記義務者関係の書類は返したから登記していない」とのことであつた。即ち被告は訴外会社に対して右の日右の書類を返還したのである。

四、被告は司法書士として登記権利者の原告ら、登記義務者の訴外会社から右登記の委任を受け、双方代理人としてこれを処理するにつき、善良なる管理者としての注意義務を負うものであるところ、登記義務者の訴外会社から義務者関係の書類の返還を求められた場合これに応ずると登記申請ができなくなるものであるから、

(一)、登記権利者の原告らの同意を得て後に返還すべき義務があるのに之を怠り同意を得ることなくして返還した。

(二)、返還につき原告らの同意を得る義務がないとしても同意なく返還した場合には速やかに原告らにこれを報告すべき義務があるのに之を怠つて何らの報告を行わなかつた。

五(一)、原告らは被告から右返還のことを聞き訴外会社の行為は詐欺にも等しいとして訴外会社に対し手附金の返還を請求したところ、同社は既に倒産して私的整理に入つており原告らの買受物件また既に第三者に所有権移転登記がなされていたが被告が右義務を尽しておれば原告らは仮処分等の然るべき保全方法を利用できたのに被告の不注意によりこれらの方法をとることができなかつたため次の損害を蒙つたのである。右損害の発生は司法書士たる被告の予見しえたものであり被告はこれが損害の賠償をする義務がある。

(二)、原告らは、本件各物件に仮登記が附されておればこれが所有権を完全に取得しえたのであり、これを喪失した結果別紙損害一覧表記載の通り物件価格相当額の損害(少なくとも売買代金相当額の損害)を蒙つたが未払代金を損益相殺し配当金を控除して別紙第一方法による損害を蒙つたものであり、

(三)、仮に原告らが所有権を取得しえないものとしても、訴外会社は早急に資産の整理を迫られていたから原告らの仮登記を抹消するためには少なくとも仮登記債権額(本件の場合既に支払済の手附金全額)を支払わねばならず、又現実に他の仮登記権利者には債権全額が支払われているにも拘らず、原告らの各物件には仮登記が附されていなかつたため一般債権者なみの配当を受取るべく余儀なくされたのであるから、仮登記が附されておれば取得し得たであろう金額(手附金額相当額)から配当額を差引いて別紙第二方法による損害を蒙つたものである。

六、従つて被告に対し損害賠償として原告大和は一五四万円、原告野口は一四〇万円、原告寺中は四〇五、〇〇〇円(内金)及びこれらに対する被告遅滞後の訴状送達の日の昭和四四年五月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、

七(一)、被告の主張事実六(一)の事実中、右柳本から被告に対し、仮登記権利者を四名とするか一〇名とするか未定なので確定まで申請を留保するように依頼され当日午後四名と決定したが柳本から連絡するまで留保するように依頼した事実はない。原告らの代理人柳本や中西及び訴外会社の尾畠らが被告事務所を訪れて本件仮登記を依頼した当初は仮登記権利者を四名にするか一〇名にするか決定していなかつたが、被告は四名でも登記できるというので原告らは四名だけの登記手続を依頼して必要書類や手数料を支払つたのである。

訴外会社が倒産した昭和四三年三月初になつて突然柳本が被告の事務所を訪れ仮登記ができているか否かを確かめに来たこと、その際被告が柳本から連絡がなかつたので仮登記の申請をしなかつたと説明したことはない。二月八日委任の際、被告から一週間か一〇日位で完了するとのことであつたので原告らが大阪法務局枚方出張所で調べたところ登記未了であつたので原告らは驚いて訴外柳本らをして被告の事務所を訪ねさせたのであつてこの間一ケ月も経過していないし、この時被告は訴外会社の関係書類を同社に返還したので登記していないと説明したのみであつた。

(二)、被告の主張事実六(二)の事実中放棄の点は否認する。

(三)、被告の主張事実六(三)の被告主張の倒産の事後処理の方法は本件のように任意整理の場合には何の関係もないし、訴外会社倒産について破産宣告後の手続と同じ清算手続が行われたことは争う。

第三、被告の答弁、抗弁

一、原告ら主張の請求原因事実中一の事実は不知

二、同二の事実中、原告ら主張の日訴外柳本と訴外会社従業員の尾畠が被告方事務所へ来たこと、司法書士の被告がその事務所で原告ら主張の日、その主張の仮登記手続(但し二号の仮登記である)の委任を受け、原告ら及び訴外会社の委任状等必要書類と一万円を預つたことは認めるが、原告らの印鑑証明は不要なので預つていないし、右一万円は手数料として受取つたのではないし、原告ら及び訴外徳田が原告主張の日被告方事務所へ来たことはなく、被告が一週間後に登記済証をお渡しすると告げたことはない。

三、同三の事実中、被告が訴外会社に印鑑証明書、資格証明書等の訴外会社関係書類を返還したことは認める。その余は争う。

四、同四の事実中、被告が司法書士として、双方から委任を受けた代理人として登記事務処理につき善良なる管理者の注意義務を有すること、被告が訴外会社に対して印鑑証明書、資格証明書等の訴外会社から預つたその登記関係書類を返還したこと、これにつき原告らの同意を得なかつたことは認めるが原告ら主張の返還の前に同意をうる義務、返還後に報告する義務のあることは否認する。

五、同五(一)(二)(三)の事実は争う。

六(一)、被告が原告らの代理人である訴外柳本から右仮登記申請の委任を受けたのは昭和四三年二月八日の朝であつたが、その時右柳本は被告に対して仮登記権利者を原告三名と右柳本を加えた四名とするか、更に仮登記権利者六名を加えて計一〇名で申請するかについては未定なのでその返事があるまで申請を法務局へ提出しないでほしいとのことであつた。そしてその日の午後右柳本から権利者を原告三名と右柳本を加えた四名を権利者とすることに決定したが、右申請は右柳本から連絡するまで申請しないで欲しいとのことであつた。そこで被告は右の連絡があるまで待つこととした。ところが二月一三日の二時頃仮登記の委任者の訴外会社の前記尾畠が被告方事務所に来て原告らの了解をえているので申請に必要な訴外会社の資格証明書や印鑑証明書を返してほしい、二、三日すれば新しいものを持参するからというので被告もこれらの書類を尾畠に返戻した。勿論当時においても右柳本から右連絡はなかつた。ところが訴外会社が倒産した昭和四三年三月初頃、突然、右柳本が被告の事務所に来て仮登記ができているかとのことであつたので被告は以上の事実を開陳して貴殿から連絡がないので仮登記の申請はしていないと説明したが、同人は右の事実を否定して被告の言に耳を貸そうとはしなかつたものである。

右のように被告は委任者兼委任者代理人の右柳本の「連絡するまで登記申請をしてはならない」旨の指示に従い、右指示を待つていたものであるが、訴外会社倒産の同年三月上旬までの一ケ月間、右柳本から何らの指示がなかつたのである。そうすると訴外会社の必要書類の同社への返還は損害発生とは何ら因果関係はない。

書類返還を原告らに告げなかつた事実をみても原告ら自らが申請する旨の積極的な意思を被告に表明しないでおいて損害が生じたからと言つてこれを被告に求めるのは余りにも身勝手な主張である。

(二)、原告らは訴外会社から原告ら主張の配当金を受取つた際その余の損害賠償請求権等財産上の請求権を放棄したから被告に対する本件債権も消滅した。

(三)、右放棄が認められないとしても、原告の蒙つた損害が原告主張のように支払つた手附金と受取つた配当金との差額全部が損害であるわけはない。即ち、本件土地に仮登記が存したままで訴外会社が事実上倒産した場合には破産法第五九条、第六〇条の規定に照して事後処理を考えるほかなく、現に訴外会社についてはその倒産時点で破産宣告後の手続と同じ清算手続がなされたのであるから売買予約の予約完結の意思表示を行つていない原告らは予約権者たるの地位に立つにすぎないから、原告らにおいて訴外会社に支払つた手附金は破産債権の価値しかない。まして本件土地にはすでに昭和四三年一月二四日受付を以て訴外摂津信用金庫が所有権移転の先順位仮登記を経由しているのである。従つて原告らが優先的に右手附金全額について配当を受けうる余地はない。

第四、立証(省略)

理由

一、成立に争いのない甲第二号証、第八号証の一、二、三、四、乙第二号証、証人柳本弘中、同中西健の各証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三、四、五号証、右各証言、被告本人尋問の結果を綜合すると

訴外会社は宅地造成分譲等を営業とし、昭和四二年頃、その所有の枚方市枚方元町三二一

番の一の宅地外八筆位の総坪数一六〇〇坪位の土地を分譲するため宅地に造成しつつあつたこと、原告ら主張の買主は、原告大和、同寺中については訴外柳本が、訴外野口については訴外中西健が夫々仲介して、売主の訴外会社から原告ら主張の契約日にその主張の売買代金を以て左記の土地を、売主において、完全に造成し、ガス水道本管、排水設備等を設置する旨の約定で買受ける契約をし、同日原告ら主張の手附金を支払つたこと、

契約土地

(原告大和)枚方温泉に分譲する部分の隣一〇〇坪、間口及び奥行一〇間

(訴外野口)整理番号一二番の三四坪、同一三番の七六坪の宅地合計一一〇坪

(原告寺中)同番号四番の宅地四三坪

右の売買土地は図面上で一応区画され整理番号も何され坪数も決り一応特定されていたが、それが登記簿上何番地の何れの部分にあたるかは必ずしも明らかでなかつたことを認めることができ右認定を左右しうる証拠はない。

二、甲第二号証、証人中西健の証言によると原告主張の債権譲渡を認めることができこれに反する証拠はない。

三、右買主の原告らはその権利保全のため昭和四三年二月八日、原告ら(原告らが直接出向いたか否かはしばらく措く)及び訴外会社が被告に対し登記権利者を原告らとし、登記義務者を訴外会社とする後記土地についての所有権移転請求権保全仮登記を委任し右登記についての双方の必要書類と金一万円を被告に交付したこと、少なくとも訴外柳本、徳田健次郎、訴外会社社員尾畠らが被告方に出向いたことは争いがなく、前掲各証拠に成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、証人三村元子の証言及び被告本人尋問の結果の各一部(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、

同所には原告らは同席しなかつたが訴外中西健も同席し訴外柳本は原告大和と原告寺中の代理人兼自らは本人として、訴外中西は原告野口の代理人として仮登記手続(被告と相談の上その指導をも得て、右全土地一六〇〇坪位につき後日右売買坪数と合致させることにし、取敢えず売買土地の一〇分の四につき原告ら三名と訴外会社に対し貸金債権を有する右柳本の平等持分とする仮登記手続)を委任し被告から一週間位で仮登記できると説明されたこと、その後同月一二日頃、被告が訴外会社に同社関係の書類を返還したこと(この点争いなし)右返還は被告が訴外会社の尾畠から他の物件の登記のために印鑑証明等が必要であり二、三日すれば新しいものを持参する、登記権利者の承諾をえていると言われたのでこれを信じて返還したこと、訴外野口忠幸が訴外会社の倒産の危険を感じて調査すると未だ右登記がなされていなかつたので前記委任の二月八日から一〇日の一五日位経過した頃右柳本らが被告に事情を聞いてみると訴外会社に対しその関係書類を返還したこと、登記未了のことを告げられたこと、訴外会社が昭和四三年三月初頃倒産し訴外柳本外が中心となつて私的整理を行つたことを認めることができ右認定に反する証人三村元子の証言及び被告本人尋問の結果の各一部は前掲各証拠に比べて措信できず、他に右認定を左右しうる証拠はない。

ところで登記申請の委任を受けた司法書士が代理人として、これを処理するにつき善良なる管理者の注意義務を負うことは明らかであるが、申請代理人の司法書士と登記申請人両名との間に、受領した申請書類につき一方の書類を返還する場合には他方の同意を要する旨の約定の締結せられている場合は別として、このような合意の成立の主張も立証もない本件においては、委任は各当事者において何時でもこれを解除しうるとの規定を類推して書類差替えを理由とする一方の申出により他方の同意なく返還しても債務不履行となる余地はなく被告に原告主張の(一)の義務を認めることはできない。然しながら、受任者は委任者の請求あるときは委任事務処理の状況を報告する義務があるところ、右認定のように、受任者の被告は同月一八日頃から二三日頃までの間になされた訴外柳本外一名の請求に応じて直に書類返還と登記未了の報告を行つたのである。

従つて、仮に原告らにその主張の損害が生じたとしても右報告から訴外会社倒産まで約一〇日ないし二週間の期間が存したものであつてこの間に原告らが然るべき保全処分をなすことなくこれを空費したことによつて生じたもので被告の報告義務違反によつて生じたものではない。

よつて原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべきものである。民事訴訟法第八九条、第九三条に則り主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

一、大和光子分

枚方市元町三二一の一、三二七、三二八、三二九の一、三二九の二、三三一の二、三三二の内

宅地   三三〇・五七m2(一〇〇坪)

二、野口忠幸分

右のうち 宅地   一一二・三九m2(三四坪)

宅地   二五一・二三m2(七六坪)

三、寺中壯夫分

右のうち 宅地   一三二・一四m2(四三坪)

損害一覧表

〈省略〉

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